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高崎市若松町、ぶらり立ち寄る醸造所 地域とつくる”わ”のビール

車社会の高崎市。唯一「車でなければ」と思うのがお酒を飲む時に違いない。豊かな水は美味しい日本酒そしてビールをつくりだす。今回は若松町でブルワリーを営む『シンキチ醸造所』の堀澤宏之(ほりさわひろゆき)さんを取材した。「100年先まで、この町で。」ビール造りから職人がみつけた暮らしのかたちを見てみよう。

2018.09.22

高崎の暮らし方

車社会の高崎市 通勤時間は道路一杯に車が走る

高崎とお酒

車社会の高崎市。市のみならず県下では、“一家に複数台”の自動車所有が当たり前となっている。各名所も上毛三山をはじめとする豊かな山々に分散し、県外から遊びに訪れる観光客は「レンタカーを借りればよかったな」と思うシーンが多いだろう。

しかしながら「車で来なければ」と思う場面もまた、ある。

群馬県そして高崎市の豊かな山々で磨かれた水は、美味しいうどんや魅力的な温泉はもとより、地酒や地ビールをつくるのにも最適だ。タクシーよりも代行を見かけることが多いほどの市内には、地元のお酒を愛する大人が多いのだろう。市内のどこの店でも同郷の名酒を見つけることができる。そんな時「電車で帰れれば」「バスがあれば」と嘆く大人は多いものだ。

ぜひとも県外の方には日帰りではなく、心身共にこの街の魅力で満たされる宿泊をしてもらいたいと思う。

 

 

長屋の真ん中、『シンキチ醸造所』 元理髪店か、レトロなライト

シンキチ醸造所

そんな高崎市の駅から徒歩10分。街中でブルワリー(醸造所)を営む堀澤宏之(ほりさわひろゆき)さんもお酒を愛する大人の一人である。4年前にオープンした通町の和食バー『ザブン』に続き、若松町のブルーパブ(醸造所とバーが併設されているお店)である『シンキチ醸造所』をオープン。日本のワインと日本酒、そしてクラフトビールに合わせるのは、和食の板前である堀澤さんのつくる肴である。“和”を愛する職人の想いに惹かれて通う人の多いお店だ。

そんな堀澤さんが掲げる目標は、「100年先まで、この町で。」ビール造りを通じて職人がみつけた暮らしのかたちを取材した。

和食、日本のワイン、日本酒、地元のビール……和への熱い想いを感じますね~!

ちなみに一番好きなのは「熱燗」とのこと……ビールじゃ、ないんかい!

料理人、そして醸造家

今回取材の堀澤さん
「なるべく顔はださずに……」と職人さんらしい一面

食のコミュニケーション

現在45歳の堀澤さん。クラフトビール造りを始めたのは意外にもつい最近、2年ほど前のことだという。以前は出身地の伊勢崎市で、和食の割烹料理屋を営んでいたそう。食の道へ進んだきっかけを伺った。

「大学では教師になるつもりで都内へ。自分に向いていない仕事だなと気が付きました。そこでパッと思い浮かんだのが料理人。つぶしが利くなぁと思ったんです。」

「皿洗いから始めて、料理が面白くなってきて。20代前半で地元へ帰ってきました。和食の、割烹料理の店を8年と7年続けて、店が区画整理にあったりして……。」

さらりと語られるのはその道22年の料理人人生。「今も和食の板前です」という言葉通りに、『シンキチ醸造所』で出される一品には美しい“和”の心意気が込められている。粛々とした仕込みの背中、飾り気のない品書きの文字、目に楽しい豆皿の数々に盛り付けられるは“お酒”と寄り添うような逸品。

「今も板前、という言い方をしましたけど、本当にそのつもりでいるし、料理を軽んじているつもりは全くないです。酒を飲むお客さんと付き合っていく、そこで仕事をするってことにシフトチェンジしただけ。」

「(前の)割烹料理だと最初から最後までお茶というお客様もいて、それがどうしても辛かった。そんなことはないんですが、若い自分には『消費されている』という思いがあったんでしょうね。自分がお酒をお店で飲むことのありがたさを、ものすごく感じていたから。」

その瞬間を、食を通じて楽しんで欲しい。売り上げよりも何よりも、自身と客のコミュニケーションに悩まされた。大勢で集まってお喋りがメインディッシュの和食もいい、形式の決められた会の割烹料理もいい……それでも、自分が腕を振るいたい場所は、愛すべき“酒の席”だと気が付いた。

「自分がお酒を好きになるにつれて、料理を出すのと同じくらいに……あるいはそれ以上に、自分が美味しいと思うお酒を飲んでもらいたいという気持ちが強くなっていったんですよね。自然とね。」

「あとはやっぱり、料理人ですから。つまみながら呑む料理の良さを常に感じていて。その中で『和食に合うビールってないな』って思ったのがきっかけだったなぁ。ワインには和食を意識したものはあるのに、ビールはない。料理を食べながら、だらだら呑めるビールがあったらいいのに、と思ったんです。」

和食と向き合う中で発見した、お酒への想い。料理人ならではの発想が、堀澤さんを醸造家の道へと歩ませていく。

 

 

華やかなうま味を加えてくれるホップの絵 常連さんが描いている

クラフトビールとの出会い

念願叶っててクラフトビールをつくり始めた堀澤さん。雑誌やインターネットでの取材を受けることも多いという。その反響は県内に留まらず、全国規模の媒体での掲載や“呑みの道のプロ”のブログにもおすすめされるほど。確かに、“和食職人がつくる新しいビール”というだけでワクワクしてしまう人も多いだろう。板前から醸造家へ、新たな道を模索し始めた頃の話を聞いてみた。

「6年くらい前でしょうかね、クラフトビールというものを初めて知って。面白いなぁと。ビールって、普通に置いてあるものしか知らなかったので、呑んで全然違うんだなと思いました。」

「ビール」の型にはまらない「ビール」ならば。そう堀澤さんは考えたに違いない。和食にも合う、ビールとしても美味しいクラフトビールへの挑戦。職人魂に火が付いた。

「『シンキチ醸造所』をあけつつ、ビール造りの準備を進めました。個人でやる規模のお店だと、先行して開店することは多くて。今でこそネットに(醸造所やビールの)作り方って出てくるんですけど、本当にごくごく最近。時間がかかったね。」

一つ一つの部品を揃え、カスタマイズしていく。酒造りのための免許も取らなければならない。苦手だという書類作りにも骨を折りながら、若松町・三軒長屋の『シンキチ醸造所』で高崎のクラフトビールが誕生する。

「クラフトビールを出す店をやりたいなと思ったとき、高崎がいいなという感じがありました。これは、僕の感覚なんだけど……『これじゃなきゃヤダ』っていう人がそんなにいないのね、伊勢崎は。群馬で一番こだわりある人が多いかなぁというのが高崎で、都市部でやるなら高崎以外はダメだろうくらいに思ってた。」

「前の和食屋『なつめ』と『ほのじ』の終わりから高崎に来て、和食バーの『ザブン』をはじめて……3文字の名前が多いね。」

話が横道にそれつつも由来を聞けば、「機嫌よく響く名前が良かったので」と話す堀澤さん。確かに、高崎の駅前の道を明るく照らす『ザブン』は口の中で楽しげに響く音。自ら“酒好き”という彼の持論では、いい店の名前とは「響き」なのだそうだ。

となれば。

気になるのはやはり『シンキチ』の4文字ではないだろうか。「シンキチさんなのかと思っていました」と呟くと、「よく言われます」との返事。多くの媒体で明らかにされている“裏話”だが、ここでもやはり、開店時のエピソードを紹介しよう。

「伊勢崎で、うちのスタッフと一緒にキャバクラに行ったんですよ。知らない店の知らないお姉ちゃんが来て。礼儀とかもないから、初対面なのに『うちのおじいちゃんに似てる』って言うんです。」

「それで『何て名前なの?』って聞けば『シンキチ』って答えたんですよね。昔の名前じゃないですか、あんまり今の子で『シンキチ君』っていない。それが“和食に合う日本的なビールをつくりたい”という気持ちと、“自分が年をとってもビールをつくりたい”という気持ち。そのイメージにいいかなぁって思ったんです。『なんとかブルーイング』、よりもね。」

こういう説明をしても面白がってくれる人は少ないもんで、と口早に説明してくれる堀澤さん。たまたま出会ったキャバクラの彼女も、もしこの話を知っていれば驚いただろうと空想する。不思議と店に来てみれば、しっくりと馴染む『シンキチ』の名前。堀澤さんのつくる煮物のように――夕日差す店の壁であったり、ぐらつく椅子であったり、カウンターで話す客たちであったり――店をつくる雰囲気から滲み出るうま味となっていた。

まだ夕日の沈まない時分、なんともノスタルジックな想いで胸が詰まりそうになる時にそっとドアを開けてみて欲しい。なんともほっとするような、町の酒場があなたを待っている。

夕暮れ時のエモさは体験すべし。

それから日曜日には昼呑みもできるそうですよ!すだれがかかった窓から明るい外をみつつビールを一杯……完璧です。

シンキチの味

『どどめ』のクラフトビール 色合いに反して口当たりは軽くフルーティー

食中酒としてのビール

さて、ここまで和食職人に“こだわりのビール”について語ってもらった。そろそろ、お味が気になるところだろう。『シンキチ醸造所』で造られるビールについて紹介していこう。

「炭酸と、苦み。これが和食に合わせるときにいらないんですよね。」

開口一番に“ビールといえば”の特徴がばっさりと切られる驚きと、「では何が……?」と期待してしまう興奮。味を追い求めてきた職人が作るビールのこだわりは、“食中酒”であることだという。

「シャンパンもそうですけど、ぬるくなるとまずかったり、だらだら呑めなかったり。もちろんそれがダメというわけではなく、うちのビールは生業として“食中酒”であることを考えていきたいと思っています。」

「炭酸も苦みも、バランスをとるためのもの。自分の中に理想のビールのイメージはあって、どうやったら近づけていけるのかを日々やっています。大雑把な味を綺麗にしたり、アルコール度数をきちっと揃えたりね。それが、結構難しい。」

バランス、それが料理人ならではの感覚を活かしたビール造りの真骨頂だ。自身がつくる和の食事に合う適切な苦み、酸味、炭酸、香り。一つ一つの要素を舌で探り出し、バランスを整えてかたちにする。まだまだ2年、始めたばかりでわからないことだらけだと堀澤さん。一番大変なことはなんだろうか。

「この規模の醸造所でも、200リッターくらいの液体を動かしたり、寸胴を洗ったり。集中していないと危険だけど、それ以外はたいして大変じゃない。」

「むしろ一番大変なのは帳簿付け!まぁ細かいんですよ。酒造り肴づくりと、事務作業。おそらく全く違う回路を使う気がするんだよね。そういうのが大変だから料理人になったのに……お酒をつくりたかったら書類も作りなさいって、付いてきた。」

味づくりや仕込みは好きだから、という職人らしいさっぱりした受け答えに感服してしまう。だからこそ、『シンキチ醸造所』のビールの味はここでしか生まれないのだ。

 

 

手書きのお品書き 面白い名前も特徴

職人の挑戦

『シンキチ醸造所』のクラフトビール。その魅力の一つに、珍しいフレーバーにであえるということが挙げられるだろう。取材時には『山滴る(スイカ)』と『ストロベリータイム』が完成していた。一回の仕込みは1000リッター、タウンマイクロだからこそ作れる味があるという。

「大きな醸造所だと、一回の仕込みにどれだけのスイカを使うのかと二の足を踏むと思うんだよね。でも、うちくらいの規模だと高価な苺も使える。そういうことなんです。」

堀澤さん曰く、「あらゆるお酒は発酵前の糖分を、酵母が食べてアルコールにする」というのがセオリーだそう。その糖分は麦汁であったり、スイカだったり、苺だったり。完全にブドウで造ったものをワインと呼ぶ。

「桃のワイン、とか挑戦する人は多いんだけど、酵母が食べちゃうと元々のニュアンスがなくなっちゃうことが多いんだよね。桃はそのまま食べると美味しいのに、発酵させると味がわからなくなる。人気はさっぱりする柑橘系、レモンサワーみたいなもんだからね。」

「この前つくった『どどめ(桑の実)』は苦戦しました。“裏話”を言えば、最初は麦汁と桑の実だけで作ろうとしていたんだけど……最初の発酵が終わって味見をしたら、まぁ「箸にも棒にも引っ掛からない」って味だった。そこから酸味を足すレモンの皮だったり、華やかさが出るホップだったりを加えて。」

桑の実というと濃い印象があるが、色ほど味は素直に出ないということか。厨房と醸造所を行き来する職人は、手探りで理想の味を探している。

苦みや炭酸の少ないシンキチの味は、女性やビールの苦手な方からも人気とか。そしてとにかく料理が美味しい!一人でもお気軽に行けちゃう、そんな店です。

100年後の町で

雰囲気あるカウンター 「人気」と書かれた『たまレバ』の旨さは想像を超えるぞ!

ビールのある風景

まだまだ醸造家として挑戦したいことだらけの堀澤さん。今後の展望を聞いてみた。

「長期熟成をしたい、という思いがあって。今だしているビールは作ったらせいぜい2か月で呑み切っちゃう。5年後、10年後に呑めるようなものをつくりたいですね。ビンテージというか、『あの時につくったあのビール』というのを。」

焦らず、じっくり、向き合っていく。そんな堀澤さんのビールへの想いが感じられる。一料理人として、一醸造家として、そして一酒好きとして。10年後にはどんな味を感じるだろうか、楽しみを先へと残しながらクラフトビールをつくり続ける。

 

そんな時。ふと、思い出したという店の話を聞くことができた。彼の目指す暮らしのかたち、その風景だ。

「いいなぁと思ったんですよ。ある日曜日、都内のクラフトビール屋さんに若い夫婦が昼間やってきていて、赤ちゃん抱っこしながら。お父さんとお母さん、2杯ずつ飲んで帰っていくんです。帰って昼寝とかするんだろうなぁ、そんな距離感に行きたいですね。」

「その点高崎はまだまだ。昼から呑む“ダメな大人”もいないもの。人に迷惑をかけるとかじゃなくて、昼から呑まざるを得ない大人が、昼から呑める街。それって健康的だと思うんだよね。俺も、お酒があったからここまで生きてこれたって、本当に思うから感謝している。」

食、それは生きる活力を肉体に、そして精神に与えてくれる。どちらも同じように愛する堀澤さんだからこそ、『シンキチ醸造所』へ遠方から来る“愛飲家”はあとを立たない。

あの時酔えた時間があったからこそ、今の自分がいる。そんな感謝の想いを込めた酒は、お酒と共に暮らすありかたを肯定してくれるようだった。

 

 

日常の中にそっとビールを それは本を読むように、音楽を聴くように……

この店、この味、この町で

最後に、この若松町でブルーパブを営むことについて伺った。ブルーパブや醸造所の多くは都市部ではあまり見られない。多くが観光地、県内で言えば山々に抱かれた温泉地などで地ビールや地酒がふるまわれている。

「温泉地や観光地というのは、基本的にリラックスしたい人が来るから、街でやるよりもお客さんが進んで呑んでくれる。ここにしかないお酒って呑んじゃうでしょう?だから、うちみたいな町の店は割と大変。」

「でも、量がどうとかってことじゃなくて。仕事や家のことが終わって、ちょっと呑みにきたお客さんがリラックスできるような場所をつくりたいというのが、一番だったね。」

料理人時代から、お酒を通じて考えていたこと。それは、お酒が飲める店があることへのありがたみだった。日々の中でつらい時、楽しい時、幸せな時――そんな時にお店でのひと時に救われ寄り添われてきたという堀澤さん。誰かの暮らしの中で、役に立てるような場所でありたい。その想いが今日も『シンキチ醸造所』に明かりを灯す。

「街で作って、街の人に飲んでもらう。どっぷりこの若松町やこの界隈に浸かって、“部屋着で来て軽く飲める”みたいな場所になりたいね。この町は静かでいい人が多くて住みやすいし、俺もお店を24時間見に行けるし。」

「そんな気持ちだから、雑誌でも持ってきて読んで帰る日があってもいいと思う。おしゃべりしていっても、ちょっと昼寝して帰ってもいいし。でもそこに、ビールがあるという暮らし。これから近所の人に来てもらうのが課題かな。」

「自分はお店へ行って気兼ねなく呑んで後片付けもせず帰る……その楽しさを良く知っているから、気軽に行ける店があるように、自宅以外で気分転換をしたいなって人に届けられるようにしていこうと思っています。世界に出ていきたい、って言うのはなくて。この町で100年、生きていきたいね。」

お気に入りの店ってのはさ、と堀澤さんが語るのは、きっと『シンキチ醸造所』の未来。初めは料理や飲み物の味を気に入って通い始めた店も、だんだんと味を求めてではない何かに動かされて来店してしまう。味が、店が、人が、町が、自分の一部となっていく。堀澤さんは「無意識に来ちゃうような、味覚の一部になれる味をつくりたい」と語ってくれた。

この店、この味、この町で。職人の挑戦は、暮らしに“わ”を届けてくれる。

 

 

シンキチ醸造所

住所:群馬県高崎市若松町2-11
電話:080-6629-2017
営業時間:17時~21時、日曜日のみ12時~21時 / 月曜日定休(FB等をご確認ください)
※駐車場はありません

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この記事に関連するメンバー

西 涼子

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群馬県でフリーのライターをしている西(編集長)です!
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イチ高崎市民の目線から、高崎市の魅力を発信しています。

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