つくる

高崎市山名町 人形職人が伝える「文化」と「願い」

高崎市山名町。『人形工房 アートこうげつ』にて、人形職人である渡邊さんにインタビューを行った。歴史と文化の香りが漂う町の“文化の発信拠点”で想う高崎の街に残したい文化とは何だろうか。私たちの暮らしに寄り添う文化の在り方を考えながら、これからの街づくりを模索していこう。

2020.08.03

高崎市と文化

そよ風に揺れる提灯が風流な山名町 インタビューだけでなく、地域の風景もお楽しみくださいませ

文化を育てる街

人の手が文化を育てる街、高崎市。全国的にも珍しい音楽祭や映画祭、職人の技など“街に息づく文化”は、モノづくりだけでなくコトづくりも得意な市民・行政の力によって支えられている。

しかしながら、全国的な「職人の高齢化」「文化の担い手の減少」といった時代の流れは止められない。わが街でも貴重な文化や技の継承は年々難しくなっており、街を挙げて文化を支える手立てが必要となっている。文化の街として、“これからの新時代”をどのように乗り越えていくべきなのだろうか。未来の高崎を作る市民の1人として、考えてみたい。

手のひらサイズの雛人形をつくる職人・渡邊さんに、「文化」と「暮らし」の大切な話をしていただきます!

『人形工房 アートこうげつ』

高崎市山名町。歴史と文化の香りが漂う山名八幡宮の向かいに、昨年1月人形屋さんがオープンしたのをご存知だろうか。令和元年度の『グッドデザインぐんま』に選定されたオリジナルの雛人形が並ぶ『人形工房 アートこうげつ』にて、人形職人である渡邊聖也(わたなべまさや)さんにインタビューをお願いした。

季節ごとに装いの変わるディスプレイ、職人の技と想いが込められた商品が並ぶ店内は、高崎の街で“文化の発信拠点”としての役割を果たしている。渡邊さんが語る人形職人としての想い、高崎の街に残したい文化とは何だろうか。私たちの暮らしに寄り添う文化の在り方を考えながら、これからの街づくりを模索していこう。

「職人」×「文化」×「暮らし」

高崎らしさがぎゅっと詰まったインタビュー、ぜひとも“ゆったり”と過ごしたい一日にお楽しみくださいませ~

職人がカタチにするもの

彩り豊かな店内を丁寧に紹介いただきながら、作り手の想いを伺いました お祭り用品ってみてるだけでワクワクしちゃいますね!!

人形との出会い、歩み

高崎市山名町の『人形工房 アートこうげつ』は、雛人形や提灯・山車人形などを扱う工房一体型の人形専門店。『グッドデザインぐんま』に選定されたオリジナルの雛人形『こうげつプリンセスひな人形シリーズ』をはじめ、多くの種類の節句人形や制作中の山車人形の様子などを目にすることができる。普段なかなか触れることができない職人の仕事場にて、まずは渡邊さんの「職人としての歩み」についてご紹介いただこう。

「高崎駅東口にある『こうげつ人形』という人形屋の家系で育ち、学生時代から節句の時期になると出荷の手伝いや提灯の文字書きをしていました。学生の頃は家業が自分の仕事になるとは思っておらず、県外へ進学・就職。その後地元に戻ったタイミングで、人形に関わる仕事に就きました」

「初めは人形の販売・梱包・配送などの仕事をしていましたが、次第に人形職人である父の仕事を見て真似て。徐々に人形職人としての知識や経験を積み重ねていきました。その後、雛人形の制作や商品企画に携わるように。営業や販売で直接聞いた“お客様の声”を活かした制作を、昔も今も続けています」

現場で学び、技を習得していったという渡邊さん。その技術について伺うと「人形を作れるというと凄い技術のように聞こえますが、珍しいだけで皆さんの仕事と同じです。“慣れと経験”で仕事をしているだけですよ」と謙虚に“日々修行”であることを語ってくれた。

「その後も17年間、営業から制作・販売まで幅広く人形に携わる中で、『もっとお客さんの声を反映した人形作りをしてみたい』『時代に寄り添ったサイズや形の工夫をしてみたい』と挑戦したいことが増えていきました。人形職人である父も手伝ってくれて、昨年人形工房として独立。お店の改装を手伝ってくれた友人の助けや様子を見に来てくれる地域の人たちに支えられて活動しています」

 

『こうげつプリンセスひな人形シリーズ』は今を生きる私たちに向けて作られた商品の1つ 時代に合わせて文化も暮らしも、変化していきます

職人のこだわり

続いてお話いただいたのは、渡邊さんのお店『人形工房 アートこうげつ』のコンセプトについて。「小さな工房だからこそ、アイディアだけは業界の中で“一歩先”を行けるように勝負したい」と語る彼の、職人としての“こだわり”を伺ってみた。

「お店のコンセプトは“お客様の希望の声をカタチにすること”。これは営業や販売をしていた時から一貫して大切にしているこだわりです。店頭に並んでいるオリジナル商品は、『誰が見ても優しいお顔のお雛様』『収納に困らない小さなサイズの節句飾り』など、“お客様の声”から生まれたものばかり。もちろん、昔からある伝統的なお雛様(大きなサイズで古風なお顔のお雛様)も扱っていますが、時代に合わせて変化できる人形店でありたいと思っています」

渡邊さんのオリジナル商品『こうげつプリンセスひな人形シリーズ』は、一般的なお雛様に比べてコンパクトで親しみやすいデザインの雛人形。「屏風が折りたためる収納しやすい物」「落下時に危険がないようアクリルの覆いが付いた物」などのバリエーションは、暮らしの変化へ柔軟に対応しており人気を博しているという。

「小さな雛人形づくりは細かな作業が多く、大きなお人形に比べて表情豊かに作ることが困難です。ガラスの目玉を入れる作業や口紅をひく作業……特に、細い絵筆で睫毛や眉毛を描く“一発勝負”の仕上げには力が入ります。それでも『コンパクトな人形作りでお客様に喜んでもらいたい』という気持ちと『伝統的な作り方や文化を崩さないように』という職人の心意気で、1つ1つ丁寧に仕上げています。今年のお客様からお聞きした要望をもとに、来年の新商品も企画しているんですよ」

伝統的な職人の技術が新たな暮らしに寄り添うことで、時代と人に合わせた“文化のカタチ”が生まれていく。人形職人である渡邊さんの企画する商品は、暮らしと文化の新提案だと言えるだろう。雛人形のみならず、提灯や節句飾りなども『濡れても丈夫な素材で作ってほしい』『ペットと暮らす家でも飾れるデザインにしてほしい』といった要望が反映されている。この街の暮らしと共に在る“こだわり”が、この街だけの人形店を形作るのだった。

インタビュー中に見せてくれたキャンプ用の提灯の素材はビニール素材×LEDライト

一昔前までは「白すぎる、味気ない」と言われていたそうですが、アイディア次第で新たな良さが見つかりますね(防水&耐水性ばっちり!)

文化が伝える“願い”

制作中の山車人形の頭部を見せてくれた渡邊さん
「工房には大きな人形や人形の首なんかがゴロゴロしているので……子供がみたらびっくりしちゃうかも」とのこと(…確かに)

人形と文化

お祭りの主役とも呼べる、山車人形・緞帳幕。『人形工房 アートこうげつ』は全国的にも珍しい「山車人形・緞帳幕(山車幕)の製造修理」を行う工房でもある。県外からも修理や制作の依頼を受けているという渡邊さんに“人形と文化”について伝えたい想いを語っていただいた。

「工房では、お祭りの山車の上に乗っている山車人形や山車幕の修理復元・新規製作も請け負っています。今取り掛かっているのは猿田毘古神(さるたびこのかみ)の人形製作や藤娘(ふじむすめ)の衣装交換など、『お祭りのない時期だからこそ、メンテナンスを』と依頼をいただいています。山車人形は他に1つと同じものがないオリジナルなものばかり。仕上がりのイメージを描きながら、オーダーメイドでデザイン~製作をしていきます」

町内で大切にされてきた人形を預かり、修理やパーツの新規製作をしているという渡邊さん。顔を木彫りし、胡粉を塗り……人形ごと、町内ごとに“正解”が異なる作業は「必ず初めて挑戦する作業があって、大変」とのこと。それでも、大切に使われてきた人形を次代へ残すために丁寧に作業を行っていく。

「お雛様や山車人形に限らず、『お人形』というものには必ず“願い”が込められています。昔は新築祝いや引っ越し祝いには『日本人形』を贈ったものでしたが、それらは『人間の身代わりとして、病気やケガを肩代わりしてくれる存在』という文化、人形の“意味”があったんです」

「自然の山に見立てた山車の上に、神様が下りてきたことを表すのが『山車人形』。神様が山のてっぺんから地域を眺めて、町に災いが起こらないよう見守ってくださっているという意味を持っています。祭りの文化や人形の意味を知っている人が人形を大切にしてくれているからこそ、町内で受け継いできた人形のイメージを崩さず残していきたいと思います」

縁起物の飾りたちは、全てが「持ち主の幸せ」を願うもの 見た目が美しいだけでなく「人の心が込められている」から魅力的なのです

店頭でも繰り返し伝えているという、人形と文化の話。行事や飾りといったカタチだけが伝わってしまうことで、本来最も大事な「人形に関わる人たち」の気持ちがないがしろにされてしまっていた。先人が人形に込めた“願い”や“お祝い事としての文化”を胸に人形を見ると、そこに温かな人の心があることに気が付ける。

「お雛様は女の子の赤ちゃんが生まれた時に『赤ちゃんの病気やケガを代わりに受け取ってね』『幸せな結婚ができる大人になるまで健康で育つように見守っていてね』という想いを込めて飾られています。『何となく3月だから飾るのかな』『お雛様を飾るのはめんどくさいな』と思わずに、お雛様を贈る赤ちゃんの幸せやお雛様を贈ってくれた人の願いを受け取ってほしいですね。時代に合わせた商品をデザインすることや商売をすることも大事ですが、僕は日本文化に携わる職人の1人として“人形の持つ文化”を伝えていきたい。“場所や人の厄除けとして、願う気持ちが込められている”というシンプルで大切な話を、丁寧に説明していくことも仕事だと思っています」

インタビュー中にご紹介いただいた「アクリルケースの雛人形」は、震災以降に需要が急増した商品とのこと

先人が大切にしてきた想いを守りつつ、今の私たちが大切にしたいことも大事に残していきたいと思う編集長でした

線路、提灯、神社、自然――暮らしと共に在る風景が、山名町の魅力ですね

作り繋ぐ想い

インタビューの最後に渡邊さんへお聞きしたのは、地域との関わりについて。人の手が育てる、地域と文化。これからの街づくりのヒントとなる想いを伺ってみた。

「お店を山名町にオープンしたのは『神社(山名八幡宮)と人形は、同じ“日本文化”で合うんじゃないか』と知人に勧めてもらったのがきっかけでした。実際、休日には子連れの家族が人形や提灯を見にきてくれたり、初詣の帰りにお雛様を買いに来るお客様がいたり。地域の人たちもとても優しくて、縁のない地域で1人開業した僕へ気軽に声をかけ、お店を覗きに来てくれています。のどかでゆとりある風景の山名だからこそ、楽しくやれていると感じています」

「“自粛警察”という言葉も流行りましたが、何かとカリカリしてしまう今だからこそ……余裕をもって、街の風景や節句の文化に目を向けて欲しいですね。難しい時代ですが、人形に願いを込めたり季節のお祝い事をしたりという中で、生活に“ゆとり”を感じて欲しいと思っています」

神社の門にかけられた提灯、境内でくつろぐ親子の姿、通りを歩く地域の人の会話。文化と暮らしがなじむ地域の景色はとても爽やかで、忙しない日常で固まった心をほぐしてくれる。「文化を、ゆとりを与えるものだと思ってほしい」と語った渡邊さんの言葉は、先が見えない今の時代をしなやかに生き抜くためのコツではないか。

助け合い、支えあいながら作られる文化と暮らし。ふと気づけば身近にあるそれらは、1人では作れず支えられない、互いを思いやる気持ちの込められたものである。丁寧に文化を作り繋いでいく職人の想いを感じながら、私たちも丁寧な暮らしを楽しむことへ挑戦していきたい。

株式会社アートこうげつ

〒370-1213 群馬県高崎市山名町1512
TEL:027-381-6233
FAX:027-329-5499

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この記事に関連するメンバー

西 涼子

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群馬県でフリーのライターをしている西(編集長)です!
地域を盛り上げる力は市民から!ということで、
イチ高崎市民の目線から、高崎市の魅力を発信しています。

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