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高崎市山名町 内装職人がつくる地域の“場”とまちの“彩り”

高崎市山名町のカフェ『yama na michi』を設計&運営する舘野浩章さん。インテリアを扱う内装職人がデザインした地域のコミュニティスペースには“熱い想い”を込められている。異業種に挑戦するきっかけと地域で見つけたミッションとは?「まちの“彩り”をデザインすること」について取材した。

2018.12.17

高崎市と居場所

真っ赤な和傘と赤紅葉――紅葉もそろそろ見納めですね。『山名八幡宮』のフォトスポットからスタートしていきます!

高崎市と建築

高崎市と建築物。このまちを歩けば、著名な建築家の作品や歴史ある風景との出合いがある。例をあげれば、アントニン・レーモンド設計の『群馬音楽センター』や彼の自邸を模した『旧井上房一郎邸』、国内の優秀な建築作品に贈られるBCS賞を受賞した『群馬県立歴史博物館』や『高崎市総合保健センター 高崎市立中央図書館』。他にも、多くの神社仏閣や歴史的建造物が残るわがまちは、休日にゆったりとした時間を過ごすのに向いているだろう。洗練されたモダンなデザインに感動するもよし、趣ある設えに感心するもよし。

豊かな自然を背景に“高崎市らしい”贅沢な空間を楽しむ暮らしをおすすめしたい。

 

 

”上電”の山名駅を降りて道なりに進めば、ほっと落ち着く雰囲気のお洒落なお店が。コーヒーのテイクアウトもOK,季節限定の自家製ジンジャエールなども要チェックすべし。

『yama na michi』

今回やってきたのは、紅葉照り映ゆ高崎市山名町の駅前通り。『山名八幡宮』の門前駅である上信電鉄から神社へと向かう道の途中に、カフェ&インテリアの『yama na michi(やまなみち)』は顔をだす。昨年12月に古民家をリノベーションしてオープンした店舗は、内装工事業を営む『株式会社 光伸』が設計と運営を行っている。代表の舘野浩章(たてのひろあき)さんはインテリアを扱う内装職人。自身がデザインした地域のコミュニティスペースには“熱い想い”を込めたと話してくれた。

普段は社長業、営業、そして工事の現場もこなす舘野さん。異業種である飲食店に挑戦するきっかけは何だったのだろうか。職人がデザインするまちの風景と、舘野さんが山名町で見つけたミッション「まちの“彩り”をデザインすること」について取材した。

 

 

まーたまたやってきました『yama na michi』 以前にも『高崎で暮らす』の取材で使わせていただいたのですが……皆さん覚えておりますか? (「ささえる」カテゴリをポンとクリック!!) 夏との違いも、写真からお楽しみくださいませ~♪

まちが教えてくれたこと

写真のにこやかな笑顔の男性が舘野さん。バックには開発したばかりのクリスマスツリー壁紙がみえますね。そろそろ鈴の音が聞こえる季節、お家にお店にペタリと貼ってみてはいかがでしょうか?

『株式会社 光伸』

「高崎市上並榎町が、私の地元であり会社の事務所があるまちです。高校卒業を機に京都の『川島織物(現 川島織物セルコン)』へ修業に行き、東京の修業と合わせて2年半を過ごしました。その後はずっと地元高崎市で内装職人をしていていて……カフェをオープンするまで山名のまちとご縁があったわけじゃないんです」

優しい表情と安心感のある声が特徴的な舘野さんは、自身も現場で活躍する内装職人さん。修業時代にインテリア全般――住宅の壁紙や床の貼り替えなどの工事から製図までを幅広く学び、地元に戻ってきたそうだ。家業を継いで内装工事の業界に入り、今年で21年目。「私は“半分職人”で“半分営業”という感じです」と自身を紹介してくれた。

そんな彼が“職人”でも“営業”でもない挑戦を始めたのが昨年の12月。高崎市山名町にカフェ『yama na michi』をオープンさせた。自らの会社で手掛けたリノベーション物件であり、社員が店員を務める喫茶スペースは多くの地元客から愛されている。内装工事の職人が“コミュニティスペース”をつくる理由、山名のまちで始めたきっかけはなんだろうか。舘野さんの今までを伺ってみた。

「『株式会社 光伸』は父の会社で、私が社長を継いだ3年前までは今ほど“幅広く活動するスタイル”ではありませんでした。とにかく元請けさんから頂く“工事ごと”をこなす仕事だけをしていて。『もっと面白い挑戦や新しい取り組みをしていきたい』『こちらから積極的に提案できるような“工事ごと”をしたい』と思っていても、余裕がなかったり勇気がなかったり。もやもやとしているばかりでした」

「そんな時に再会したのが、私の中学の先輩であり『山名八幡宮』の宮司さんでもある高井さんでした。彼は山名町を活性化させようと神社を中心に積極的な活動をしていて、境内にカフェを作ったり音楽やモノづくりのイベントを開催したり。そんな中、私に『山名で店を出してみないか?』と声をかけてくれたんです。先輩の一言、そして盛り上がりを予感させる地域の姿に背中を押されるように、私の挑戦――『yama na michi』は始まりました」

舘野さんは言葉を飾らない。誰しも“こうありたい”という理想はあれど、二の足を踏む自分がいるはずだ。行動したいと思っていても、動けない、動かない自分。不甲斐なさややるせなさを感じた経験がある人もいるだろう。舘野さんもまた、出店という挑戦の前には“自分への言い訳”や“不安に思う気持ち”があったと話す。それでも、彼が前に進むことができたのは、周りの人がくれる力があったからだった。

「今までは気が付けなかったんです、周りの皆さんが色んなチャンスを与えてくれていたことに。高井さんの取り組みもどこか他人事のように感心しているばかりで、まさか自分がここでお店をやるなんて思ってもみなかった。『神社を昔ながらのコミュニティの場にしたい』という高井さんの想いと、私自身の『内装屋、インテリア屋としてもっと挑戦したい』という想いがちょうど重なって。その頃所属し始めた経営者団体の仲間にも助言をもらいつつ、古民家をカフェにする計画をたてはじめました」

今では地域のホットスポットとなった『山名八幡宮』も、活気あふれる風景になったのは10年ほどの歳月が必要だったと聞く。その中で『yama na michi』はどんな場所であるべきか――舘野さんは「地元の人とかかわりあえる場所をつくる」と答えを出して進み始めた。観光地としてのカフェではなく、地域の中で交流しあえるコミュニティスペースづくり。内装職人の、新たな挑戦だった。

 

 

いつでもふらりと立ち寄れて交流できる落ち着いた場所……『サードプレイス』とも言いますね。はじめての町に来た時は小さな喫茶店に入るようにしています、町との距離がぐぐっと近づく、気がするんです。

2Fから見える、地元のお母さんとスタッフで整備した店先の様子。もんぺ姿のおばあちゃんが珈琲の香り漂う小路をあるけば……映画のワンシーンのようですね。

地域の中でつくる場所

「本当の意味で『コミュニティが作られる場』になれるかどうか。『yama na michi』にとって一番大切なことは地元の人に愛される場所かどうかだと考えているんです」

古民家の1階をテイクアウトのキッチンスペースとインテリア販売、2階をイートインスペースへとリノベーションした『yama na michi』。淹れたてのコーヒーと『高崎バインミー』を味わえるカフェを舘野さんがオープンするときに重視したのは「地元のための場所になれるか」だったという。コミュニティのための場づくりを行う中で、地域の人と向き合うことを決めた舘野さん。その想いを語ってくれた。

「ある意味、上並榎町から来た“よそ者”がつくった喫茶店ですが、山名町の人はちゃんと『ここにお店がある意味』を分かってくださっています。やっぱり『外から人が来ることで地域に盛り上がりをつくる』だけでは、地域活性としては不十分だなと思っていて。ありがたいことにうちには、近所のお母さん方が週一、週二で来てくださいます。コミュニケーションの中に、地域を内側から盛り上げる土壌ができているのを感じますね」

「例えばスタッフが『鎌倉のような雰囲気ある町並みがいいなぁ』とお客さんに話をしたことがありました。するとお母さん方から『だったらアジサイを植えないと!』と話が出て。店前の花壇を一緒になって整備してくれたんですよ。草むしりしたり植物を植えたり、そういうちょっとした行動を共にできることが嬉しいというか、本当の地域活性ってこういうことかなと感じたんです。高崎には高崎、山名には山名の良さがある……だからこそ、この地域で暮らす私たちの行動に意味があると思っています」

近年、地域を活性化させるパワーは都内から来た若者や都市部のクリエイターが担うことが多い。しかしながら、そうした“成功事例”の歩みのなかには必ず“地元の力”がカギとなっている。故郷を想う力、日々の暮らしの中で気が付く魅力、活気を持続・拡散させるためのつながり。誰よりも“暮らし”について考えてきた職人の舘野さんだからこそ、地域に“本当に必要な場所”の大切さに気が付けたのかもしれない。

『yama na michi』には今日も、若い方からお年寄りまで幅広い年齢層のお客さんが訪れる。多くは地元の人であったり、顔見知りになった“山名町とつながっている”人たちだ。カフェという交流の場をきっかけに、この地域から新たな発信や魅力が生まれるかもしれない。そんな期待をのせて、今日もお店は営業を続けている。

 

 

殻を破る

この画像、見覚えがあるという方もいるのでは。キラキラしているブルーやピンク、ゴールドの壁……。知っている方も知らない方も、驚くこと間違いなしの本文へどうぞ。

新たな発見

「『yama na michi』をやって良かったことは、地域に対して“だけ”ではなくて。私自身にも良いことがあったんです」

内装屋として初めて取り組んだ飲食店。地域の人とのかかわりの場には、予想をはるかに超える良いことがあったという。業種、業界の境が溶けあう昨今。勇気を持って挑戦することの大切さを舘野さんが教えてくれた。

「驚きました。私たち内装屋は『インテリアの情報』や『お客さんのニーズ』を持っていると思っていたんです。でもそれは、メーカーからの情報を鵜呑みにしているだけだったんですね。自分たちの思い違いに気が付いたのは、カフェの2階を若いお客さんが見た時。『この壁良いね、やりたいな』という一言でした」

喫茶スペースとなっている2階、粗い和紙に似たテクスチャがキラキラと輝く壁があるのを見て欲しい(上 写真)。つい爪でポロポロと剥がしてしまいたくなる左官のぬりかべは『繊維壁』という名前。安価で施工も簡単なため、昭和40年代から50年代にかけて流行した壁材だった。難点は近年普及している『ビニールクロス』へリフォームする際に剥がす手間が必要となること。リフォームやリノベーションを前提としていない“厄介者”のため、舘野さんはじめスタッフは元々の古民家の壁である『繊維壁』部分をどう処理するかに頭を悩ませていたのだった。

「40代の方が見ると『わー、懐かしい』って言ってくださいますね。『おばあちゃんちがこの壁だったよ』って。業界的にも『天然素材』をはじめ質のいい内装材へ改めるようになった今、『繊維壁』は需要のない壁……私たちは“古い内装材”で“隠さなきゃいけないもの”だと思い込んでいたんです」

「そこに、若いお客さんからの『この壁良いね、やりたいな』という言葉があって。ハッとさせられました。今までの『繊維壁』に対する印象は『プロの目線からしたらダサい』という固定観念だったんですね。きっと、自分がお客さんに提案する立場だったら『費用が掛かっても、この壁は剥がした方が良いですよ』って言っていたと思います。でもそれは本当にお客さんの要望をわかっていたかというと、そうではなくて。お店をやる中で、そうした“インテリア業界の常識”を崩す気付きが多くありました」

舘野さんは、今までの仕事を振り返りながらインテリアについて改めて向き合ったと話す。20年前、既成概念にとらわれずに新たな内装デザインへ挑戦していた頃。いつのまにか、仕事を続ける中で“人”から“商品”へ目線がずれてしまったのかもしれないと思ったそうだ。暮らしの中で“慣れ”が新鮮な感覚や本当に大切なことを霞ませることは多くの人が知るところだろう。「凝り固まった考え方になっていたと反省した時、今の私は『インテリアを楽しむこと』を忘れていたんだと気付いたんです」――自分の、自社の枠組みから外れた“飲食”という挑戦。思わぬ部分での収穫は舘野さんをわくわくさせた。“新しい輝き”を放つ『繊維壁』を見ながら、舘野さんの挑戦は続く。

「私たちが動いてお客さんのニーズを聞きに行かなければ、本当の意味での“インテリアの楽しさ”をお客さんと共有できません。私がカフェの施主を体験したことで感じた当事者感覚……人と人とのコミュニケーションの中に答えがありましたね。20年間培ってきた“インテリアの常識”を壊していくことに不安はありますが、これからまた、新しい見方ができることを嬉しく思うんです」

 

きらきらとポップな印象の『繊維壁』、実際に施工するのはよく考えてとのこと。繊維や土でできた壁は熱を通してしまいますからね、熱い寒い。でもでも、光や音を吸収してくれる素材の良さもありますよ。落ち着いた日本らしい家づくり……ぜひ語らせてくださいませ(本業)

2Fの天井部分はあえて仕上げる前のボードがちらり。編集長も好きです、これ。家の出来上がっていく様子がわかりますし、何よりどう作り上げていくかわくわくしますよね。

“彩り”をみせる技

インテリアに熱い職人・館野さん。ここまで、彼の取り組みと気付きについて話を伺った。話の中で度々出てくるのは“インテリアに対しての熱い想い”。彼にとってのインテリアとはどのような意味を持つのだろうか。内装職人として感じるミッションについて話を聞いてみよう。

「私の考えるインテリアは“彩り”です。家の中には壁、床、窓、家具……色んなものがありますが、予算の配分だったりお気に入りのアイテムだったりを取りまとめて『理想の空間をつくり上げる』のが私の仕事だと思っています。インテリアコーディネート、なんて聞いたことあるかもしれません。お客さんの“本当にやりたいこと”に耳を傾け、全体を見ながらバランスをとって“彩り”を配置する――それは地域活性化に求められている役割と似ていて。地域の中で出てくる多様な意見・動きをまとめていったり、違いを認めながらも同じ流れにのせていくことが大事ですね。山名町は、そうした多様性を認めたところが良かったのかなと思っています。『これがインテリアです、セットで揃えて買ってください』という時代ではないように、“彩り”ある地域をつくることも私の役目だと感じていますね」

館野さんが考えるインテリア、そこには業界や仕事の垣根を超えた大きなビジョンが広がっている。まるで指揮者のようにハーモニーを奏で、編集者のように魅せるプロの技。インテリア職人としての枠を超えた、新たなフィールドでの活躍からも目が離せない。

「お客さんが本当に求めているものを理解すること、お互いに楽しめる提案や工事をすることが大事ですよね。その為には、一つ一つの疑問や質問に本気で向き合わなければ。絶対にダメなものや、完璧に合っているものはないのは面白いですね。まちづくりも同じように楽しく向き合っていければと思います」

 

道の先に

自身の顔パネルをもつ舘野さん。印刷された「むむっ」とした表情と普段のギャップが凄いです。

場所で育む

豊かな山々をバックに音を鳴らし走る上信電鉄。のどかな風景を楽しめる『yama na michi』でのインタビューの中で、舘野さんが感じる山名町の魅力についても聞いてみた。地元でないまち、それでも、深く強く結びつきのあるまち。舘野さんの目には山名町のどんな“彩り”が映っているのだろうか。

「山名って、高崎駅から電車一本で来られるんですよ。知っていましたか? 駅を降りればすぐ神社があって、お参りしながら衣料品のお店やパン屋さんに寄れたり、お茶したりできる。うちにはコーヒーもありますし、お隣の漬物屋さんも美味しいですよ。ぐるっと地域を歩いて回れて楽しいまちだと思いますし、県外の人も来やすいんじゃないでしょうか。ぜひ知らないまちのことを知る面白さを体験してほしいと思います」

「それから、地域を大切に想う人が多いですね。以前、山名出身の建築学部の学生が、お店の前の広場を写真に撮っているところに出会いました。よく学校帰りの小学生が、電車で帰る友達と遊ぶために立ち寄る広場なんですが、彼も幼い頃に遊んでいたそうなんです。大学生になった彼が言うには『子供の頃遊んでいた場所を大事にしたい、地元で流れる時間を大事にしたい、空き家が増えるまちに力を貸したい』と。地元愛ある若い人がいるまちなんです、ここは。私も一緒にできることを探して、少しでも力になれればと思っています。地元のために動く人と関われること、共に行動できること。それ自体も、大きな刺激になりますね」

「そして何より、山名の良さは“開かれている”ところでしょうか。まちの人は皆、あたたかく迎え入れてくれますし、私自身、お店を開いた時に凄く感じた部分でした。だからこそ、これからも『yama na michi』は色んなお客さんに来てもらえるような場所にしたい。多くの人に出会える、色んな山名の魅力が知れる居場所になりたいと思っています」

初めて訪れた土地の面白さ――見るもの触れるものすべてが新鮮で、心躍る出会いが待っていること――それは“旅”の醍醐味であると言えるだろう。しかしながら、地域の本当の面白さや素敵な出会いは開かれたまちでしか起こりにくい。自然とあいさつをしあうまちの人々、観光客にも地元の人にも愛される場所や食べ物、そして交流できる場所の存在がある山名町。舘野さんはこうした地域を支え続けたいと話してくれた。『yama na michi』があること。それはまちに喫茶店が一つあること以上の、豊かな価値をもたらすだろう。

 

ちなみに、壁紙は手で簡単に貼って剥がすことができるんです。『yama na michi』に行った際には、ぜひご覧になってくださいね!

地域を描く

最後に、舘野さんが現在取り組んでいる“新しい挑戦”について紹介していただこう。多様性という名の“彩り”を改めて大切に想う舘野さん。彼らしい挑戦のかたちはもう始まっている。

「今の会社は内装工事業を営んでいますが、もともとは祖父の畳屋さんが母体となっていました。畳職人の祖父は挑戦的な人で……畳職人でありながら絨毯を取り扱ったりしていたんですよ。畳の場所を減らすわけですから絨毯は商売敵ですし、当時は業界的にも色々大変なことがあったんじゃないかなと思います。それでも、形にとらわれずに自分の信念を貫く祖父を、私は尊敬しています」

「今、会社で取り組んでいることの一つには『高崎プリントウォール』というのがあります。インテリアとしてもっと身近に壁紙を感じてほしい、そんな思いで開発した商品です。大きさは1メートルから製作可能、オリジナルの絵や文字をデザインして壁に装飾できます。シールのように貼れるので施工も簡単、季節のインテリアやピクトサインとしてもご利用いただけます。壁紙、というとなんとなく白っぽいものを選ばれる方、多いのではないでしょうか。色んな柄やデザインがあるインテリア。“彩り”があると楽しいんだよというのを、伝えたいですね」

『繊維壁』と『高崎プリントウォール』……一見すると「畳屋で絨毯を扱う」ことのように真逆の方向を向いた取り組みをしているように思われる。しかしながら――舘野さんの祖父もおそらくそうだったように――真剣にお客さんやインテリアと向き合った結果が今に繋がっているのだろう。古いものに新たな価値を与えること、新しい商品で価値を生み出すこと。どちらが正しいということもなく、舘野さんの“彩り”で豊かな暮らしを提案していく。

高崎市では、多くのまちで新しい“michi”へと進む人がいる。先へ先へと続く道には、慣れないことや不安なこともあるだろう。それでも、舘野さんが周りの力を借りて、誰かの居場所を作れたように……あたりを見回せば、力になってくれる人や力になれることが見つかるはずだ。

高崎市山名町。まちの想いが大きな一つの絵となって、きらきらと風景を彩るまち。ぜひ一度、地域の中へ飛び込んでみて欲しい。「まさか自分がここでお店をやるなんて」と呟いた舘野さんを笑顔にした、確かな温もりを感じられるから。

 

『株式会社 光伸』

本社
住所:群馬県高崎市上並榎町142-2

『yama na michi』
住所:群馬県高崎市山名町1513-1
営業時間:10時~14時 月曜,火曜日定休

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この記事に関連するメンバー

西 涼子

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群馬県でフリーのライターをしている西(編集長)です!
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