高崎市足門町 まちを彩る江戸小紋、職人が語る文化とひとの育て方
高崎市の絹文化・染色業を代表する『江戸小紋』。今回は『藍田染工(有)』の江戸小紋師・藍田愛郎さんにインタビューを行った。現代の世の中で、藍田さんが絹布の白生地にうつしたい想いとはなんだろうか。師匠から受け継ぎ・惚れ込んだ技の世界と絹文化の奥深さを聞きながら、このまちの “粋な”未来像を語ってくれた。
2019.02.12
高崎と絹
絹の里と高崎
絹の里として栄えた群馬県。近年世界遺産として登録された『富岡製糸場』や歴史に名高い『桐生織物』『伊勢崎銘仙』など、絹産業とこのまちは深い結びつきをもっている。
我がまち高崎の風景も、田町の『絹市場』で取引される『高崎絹』や、元紺屋町の紺屋職人など生糸・絹・布といったものは暮らしの中心にあった。自然豊かな山沿いの家々に蚕を育てていた名残の『高窓』や桑の木が生えているのを見ることができるのは、そうした絹文化のあるまちゆえのことなのだ。蚕を育て、絹をつくり、美しい染め物や織物がつくられる。そうした絹糸の流れは、このまちの商いを支えていた。
藍田染工 有限会社
今回紹介するのは“はたどころ”と呼ばれた桐生市や伊勢崎市にも負けない、高崎市ならではの絹文化・染色業について。藍染、注染、紅板締め……このまちに受け継がれてきた多くの技の中で最も繊細な模様を描く『江戸小紋』。江戸時代に武士の裃(かみしも)に使われていたという型紙を用いて染色する技法は、遠目から見ると無地に見えるほど細かく繊細に染められた文様が特徴的だ。派手さではなく“高度な職人技”で力を示す武士なりのお洒落は、現代でも着物の柄や和小物の生地として愛されている。
そんな職人技をみせてくれるのは、群馬県指定重要無形文化財保持者の藍田正雄さんを師匠とする江戸小紋師、『藍田染工 有限会社』の代表・藍田愛郎(あいだあいろう)さん。現代の世の中で、藍田さんが絹布の白生地にうつしたい想いとはなんだろうか。師匠から受け継ぎ・惚れ込んだ技の世界と絹文化の奥深さを聞きながら、このまちの “粋な”未来像を語ってくれた。
クイズの答えは「雪月花」……そう、じっと目をこらせば(スマートフォンの方はめっちゃズームしてください)雪、月、花の文字がみえてくるはずです!
どうです、わくわくしてきましたか? ささ、工場の様子を見に行きましょう!
小紋に込められた想い
遠くから眺めれば、無地
高崎市足門町。静かな住宅地と川に囲まれた場所に藍田さんの工場(こうば)『藍田染工 有限会社』はある。現在活動する職人は3名、だるまストーブの湯気とラジオの音が響く作業場で各々の作品と向き合っている。
代表の藍田さんは大学進学をきっかけに群馬県を出た後、就職のために戻ってきたUターン組。ソフトテニスのスポーツ推薦を受けていた学生時代、「将来は実業団かスポーツ関係の仕事に就くのかなと考えていましたが『地元で働きたい、手に職をつけたい』という思いもあった」と話す。江戸小紋師という珍しい職人の道へと進んだきっかけについて、伺ってみよう。
「初めて江戸小紋に触れたのは成人式の時ですね。母が着物を用意してくれて『成人式に着物で出られるんだ! 』と喜んだのを覚えています。その後就職活動で地元に戻ってきた時に母の職場――師匠の工場『藍田染工 有限会社』を知って。それまで江戸小紋はおろか母が江戸小紋の職人であることも、自分が成人式に着た着物が“母の手づくり”であったことも知らず……衝撃を受けました」
「母が染めてくれたのは『武田菱』という武田藩の裃の柄。落ち着いた茶色っぽい色味で、揃いの着物と羽織は今も仕立て直して愛用しています。男性で成人式に着物を着ている人はほとんどいませんでしたから、特別な思いをさせてくれたことに感謝しています。実家にいた頃は常に忙しくしていた母の仕事を知る中で、江戸小紋に興味をもっていきました」
「普通、工場は家族や弟子にしか見せないものですが、親方は広く見学を受け付けていましたね。職人の技や板場をみせながら話を聞かせてくれました。親方の在り方や職人のかっこよさ、工場全体の温かみに惹かれていたんでしょうか……気が付いたら『卒業したら来ます』と伝えていたんです」
すんなりと江戸小紋師としての入り口に立ったと話す藍田さん。そんな彼が今も鮮明に思い出すのは成人式に着た“母の手づくり”の着物。袖を通した時には気がつかなかった重みは、今も心を動かすという。親子揃って惚れ込んだ江戸小紋の世界。藍田さんは職人としての道に飛び込んでいった。
インタビューの時には「着物ってつくれるんだ、と思いましたけど」と笑って話してくれた藍田さん。そうですよね、わかります(驚き)それにしても女性で職人の世界に飛び込んだお母さんのガッツがすごいですね……!
寄ってのぞき込む、文様
師匠・藍田正雄さんの一番弟子であるお母さんと共に、現在も工場で技を磨く藍田さん。修業時代の様子についてもインタビューをしてみるとする。群馬県の指定重要無形文化財保持者であった師匠との修業時代、それは意外にも“楽しい”思い出ばかりだった。
「親方の一番弟子は母で、俺は弟子の中で10人目くらい。初の男弟子だと思います。本来、職人の世界は女人禁制で“師の技をみて覚える”ものですが、親方は男女の区別なく丁寧に教えてくれる人でした。『俺の修業時代は厳しかったんだぞ』と“怒鳴り声”や“物”が飛んできたという話は聞いていましたが、俺は(親方と一緒に)近くの川で釣りをしたり、仕事終わりにお酒を飲んだり。楽しい修業時代でした」
しかしながら“己との戦い”はどんな修業でも逃れることはできないもの。21歳の頃に江戸小紋師としての道を歩みだした藍田さん、決して早くはないスタートに苦しんだこともあったという。
「自分の思うように体が動かないことがもどかしくて、“こういう仕上がりにしたい”とは思うのに知識も体も付いて行かないんですよ。『江戸小紋師としてのピークは25歳や30歳なのかもしれない』『早く修業をはじめていればよかった』という苦しみは常に感じていましたね」
「それでも、苦しんだ時間が長かったからこそ、“感覚”を研ぎ澄ますことができたと感じます。親方が『愛郎ならできるだろう』と、難しい仕事を出してくれること――プレッシャーは感じましたが、期待に応えようと腕を磨けたことは本当にありがたいことだと思います。徐々に力も付いてきて、『細かい型紙』や『普段は絶対触らせてくれない型紙』も渡してもらえるようになりました。大変なこともありましたけど、やっぱり楽しかったですね」
江戸小紋師は“自身の作品”として商品が評価される職人でもある。期待や焦り、集中力を必要とする工場の中で乗り越えなければならない壁はたくさんあっただろう。それでも、工場での語らいの時間や静粛な板場で染めと向き合う時間が藍田さんを支えてくれた。
「大事なことは、根気よく同じ作業を、同じ気持ちで行うこと。それだけです」
工場のある足門町で18年。一昨年に亡くなった師の技と想いを胸に、小さな型紙を大きな反物に合わせて70回、80回と繋げながら防染作業を続ける藍田さん。ひんやりとした山の空気に身を引き締めつつ、真剣な眼差しでヘラを動かすその姿は、確かに一流の職人であった。
紹介しきれないほどの江戸小紋の面白さ、ぜひとも実際に見ていただきたいものです。優しい親方とのエピソードや、江戸時代~明治・大正のお洒落についても話が聞けちゃいますよ!
まちを染める
まちの文化 新たな模様
今後、藍田さんが発信していきたいと話すのは「このまちの絹文化を楽しむこと」。江戸小紋師として洋服中心の時代に挑戦する意気込みを語ってくれた。
「親方は多くのお弟子さんを育てた人でした。職人の腕はすぐに上達するものではないので……苦しい時も多くの職人の面倒を見て、人を育てることが財産だと教えてくださいましたね。その想いは今に繋がって『江戸小紋を知りたい、取り組んでみたい』という人は広く迎え入れるようにしています。半年ほど前には大学生が経験しに来ていましたが、若い人を育て、技を伝えていかなければと思います」
「県内の絹産業会社は今、多くが代替わりをしています。その中で思うのは――繭や絹をつくったから売れるのではなくて、着物やストールといった商品にして初めて手に取ってもらえるので――絹を“着てくれる”人も育てていかなければいけないなということなんです。江戸小紋も型紙の職人や和紙の職人、道具の職人と多くの人が関わって染められるもの。絹業界、染め物業界に関わる人たち皆で力を合わせて、魅力を発信していかないといけません」
親方と共に挑戦の幅を広げてきた藍田さん。絹以外にも麻や綿への染色にも挑戦してきたと話す。また、江戸小紋の型紙(反物幅/20センチ)の制約に対しても、何かできないかと挑戦を続けているそう。マフラー、ネクタイ、風呂敷、かばん……職人として妥協のない仕事をしながら、江戸小紋の“幅”を広げるべく活動中だ。
「親方は『職人なんだから、引き受けた以上はやれ』とよく言っていました。麻布は染付が悪いので完成度を高めるのは難しいんですが、それでも挑戦し続けた親方の姿を見ていたので……俺も“誰もやったことのないもの”にチャレンジしていきたいですね。幅広の生地や、群馬県でつくられる“新しい糸”への染色……常にアンテナを張って、仲間たちと繋がりながら試行錯誤しています。技は受け継ぐことができます。最終的に、誰かの“新しい発見”に繋がっていけば嬉しいです」
江戸小紋は『高崎市の伝統的な技』ではない。それでも高崎の山に磨かれた美しい水が流れる川沿いに多くの捺染業や養蚕業が発展してきた歴史があったからこそ、育み受け継がれてきた技である。藍田さんのつくる江戸小紋――このまちの自慢の逸品といえるのではないか。
「今まで地域に対して“江戸小紋を楽しんでもらうこと”を発信していなかったことに気が付きました。展覧会だけでなく、高崎のまちに向けた江戸小紋の魅力も伝えていきたいです。『群馬県立絹の里』さんや、まちの呉服屋さんに江戸小紋を置いていただければいいですよね。高崎のまちでつくる江戸小紋は、高崎の人に知ってほしいと思います」
「高崎市は新幹線もありますし、他の市に行くのにも便利です。情報を発信するのに、一番いい場所なんじゃないでしょうか。群馬県の絹文化を発信する場所として、他地域とも繋がりながら盛り上がっていきたいです」
着物通が好む柄として名高い江戸小紋。遠目ではシンプルに見えても、匠の技がふんだんに盛り込まれた着物は見飽きることがないと好評だ。帯や小物で遊ぶのもよし、家紋を入れて礼装にするもよし。藍田さんがお勧めしたいのは、着方も楽な男性に向けてなのだとか。大人のお洒落がたのしめる“粋”なまち、高崎。そんな暮らしはいかがだろうか。
絹糸が紡ぐ歴史
ひんやりつるりとした絹の糸は、手で触れるとじんわりとした温かみをもつ。藍田さんは江戸小紋師として、これからの世代に伝えていきたい想いがあるという。地域を越えて、世代を超えて。“絹が繋ぐ絆”について話をしてくれた。
「江戸小紋の美しさは、職人さんが彫る型紙があってこそ。その型紙をつくるには美濃の和紙と彫刻の道具が必要で……多くの職人さんが必要です。最近では糊付けの糊に使う質のいい天然素材(米ぬかなど)が手に入りにくく、関係する職人さんが減ってきています。“誰か一人でも欠けたらつくれない美しさ”――多くの人の手でつくる江戸小紋の価値を感じてほしいと思います」
藍田さんが一番嬉しいと話すのは、江戸小紋を見て「織物でなく、染め物なんですか? 」と驚かれることだという。それ程までに、彼らがつくりだす日本の伝統的な技は美しく誇らしい。匠の技を守るためには、豊かな感性を持った市民力が必要だ。文化とは、職人だけの力でなくまち全体で育て守ってゆくものなのだから。
「変化する時代の中で、着物を着ない世の中に何ができるかを考え続けてきました。一つの答えが、“親が着物を着ている姿を見ない世代”に日本古来の文化を教えていくことだと思います。絹に触れる、お蚕さんを見る……母の着物に感動した俺のように、このまちの暮らしの中に絹や着物に触れるチャンスをつくっていきたいです。若者が来やすいように工場をひらいて、発信して。東京に出れば色んな“技”に出会うことは出来ると思いますが、高崎のまちの中で出会えるんですよ! それって、凄くないですか? 」
近年“体験”“ものづくり”といった要素は各業界・生活スタイルの中で重要視されている。伝統の糸を断ち切って、どこへどんなスタイルでも暮らせる社会。己のルーツを見失い“人の手の温もり”を感じない生活が、どこか私たちの歯車をゆがめているからかもしれない。
絹布を触ったときに感じる温もりは、自分自身の体温だけでなく蚕から布になるまでの多くの人の想いの温度でもある。つくり手の想いを大事にする心、ものに対する愛着を感じられる感性を育てるきっかけは、一枚の布からはじまるのかもしれない。
藍田さんは、絹に関わる全ての仲間や着物を着る人・着ないひとまで、皆で“育てあう”ことが重要だと話す。このまちで暮らす私たちも、お互いに育てあい“よりよい暮らし”を模索すべきではないか。ひんやりと感じる絹糸も、じんわりと熱が通って手になじむ。そんな風に、まちに体温が宿る日を期待して、手と手を取り合っていこう。
藍田染工 有限会社
住所:群馬県高崎市足門町637−18
電話:027-373-6163
☆2月8日~12日まで『群馬県立日本絹の里』にて『群馬の絹展』を開催中!9時半~17時までOPEN
江戸小紋師のしごとって?
藍田さんの仕事は白生地に型(美濃和紙を切り絵したもの)を載せて糊を置く防染作業から、染め・蒸し・洗いを経て染めムラの直しまで。細かく繊細な作業が多く、1反を染めるのに長くて1月ほどかかるそう。
板場も見学させていただきましたが、わずかな光や影、職人の心身の状態で染め上がりの質が変わるらしく……日々の調整が欠かせないとのことです。反物は一反13メートル、型紙は20㎝。一か所でもミスがあれば商品にならないという集中力が試される職人の世界。藍田さんは「よしやるぞ、と気合を入れてから我慢強く繰り返しの作業をしていきます。体調を整えながら、こつこつと。それだけに、完成した時にはもの凄く綺麗で、人を感動させるものが出来上がるんです」と話してくれました。
細かな文様に彩られた布地を撫でながら藍田さんが語る、江戸小紋への愛情。ご興味のある方、職人を目指したいという方はぜひ一度見学してみてくださいね。
この記事に関連するメンバー
西 涼子
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群馬県でフリーのライターをしている西(編集長)です!
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イチ高崎市民の目線から、高崎市の魅力を発信しています。
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