高崎市箕郷町 食肉加工の専門家が語る、食と命と家族の話
37万都市高崎市。便利な駅前と自然豊かな郊外は多くの移住者を受け入れている。『ハムとかをつくる会』主催の戸塚里子さんも、高崎を“住みやすい街”として選んだ一人だ。食肉加工の専門家であり、2歳の息子を持つママである彼女が、暮らしに身近な食の世界から発信したいこととは何か、聞いてみよう。
2018.10.05
高崎市と暮らしのかたち
暮らしで選ばれる高崎市
37万都市、高崎市。暮らしに便利な施設が立ち並ぶ駅前、そして豊かな自然を持つ郊外は多くの移住者を受け入れている。都内への近さを持ちつつも、ゆっくりと流れる暮らしの時間に惹かれて移住する人は多い。通勤通学で向かう場所は違う街であっても、毎日を彩る街として選ばれていることは誇らしい。
多様な街の顔を持つ高崎市。ゆえに、暮らし方も市民の数だけ様々だ。
美味しいお肉の伝道師
秋田県出身の 美味しいお肉の伝道師・戸塚里子(とつかさとこ)さんも、高崎を“住みやすい街”として選んだ移住者のうちの一人である。『ハムとかをつくる会』を主催するの食肉加工のスペシャリストであり、2歳の息子を持つママである彼女。夫と共に選んだ高崎市箕郷町で、新規にハムやソーセージなどの製造と販売の店舗を企画中だ。
ハム、ベーコン、ソーセージなどに代表される食肉加工品。暮らしにもっとも身近な食と食肉加工の世界から、ママである戸塚さんが発信したいこととは何か。わが街で輝く家族の太陽を取材した。
高崎で一番アツアツなお肉の専門家・戸塚さんのジューシーなインタビューをお届け!案の定「飯テロ」注意でございます(記事から、いい匂いがしそう)。
とつかさんのこだわり
自分の核は
仕事場にて、2歳になる息子のそうた君と共に取材を受けてくれた戸塚さん。群馬県に来たのは「夫の転勤があって、偶然」だという。家族と共に生きることを自身の軸とする戸塚さん、その想いのルーツから話を聞いてみよう。
「実家は秋田の田舎です。沿岸部の方、八郎潟(はちろうがた)という湖があります。干拓後は盛んだった漁業がすたれてしまって、県内で一番小さな町。そこが、私の生まれ育ったふるさとですね。」
「三人姉妹の三女で、実家は建具屋。自宅に隣接した工房で、職人の父とそれを手伝う母の姿を見て育ちました。その時から、働く姿を子供が感じられるのっていいなと思っていたんです。」
「大学の先生を募集していて、秋田に帰ろうかなと思ったこともありました。でも、やりたい“働き方”とは違ったんですよ。ブレちゃいけないなぁと思って……今は自宅に寄り添った仕事場を計画中です。」
だから、事業を始めて家族を泣かせるようなことがあれば、いつでも仕事を辞めます――こんな宣言から始まる取材が未だかつてあっただろうか。食肉加工の技術者であり、母であること。どちらが欠けても戸塚さんの夢は叶わない。どちらかを諦めることなく、挑戦している最中の戸塚さん。苦しいながらもひたむきな彼女の今を、同じ境遇で迷い立ち止まっている高崎人へと届けたいと思う。
「自分が両親のことを考えたり、子供を想ったときに強く感じます。自分が受けてきた愛情を。だからこそ、自分の核はこれからも、家族でありたいんです。」
仕事も家庭も大切にしたいという彼女だからこそ、お店ができる前の大変な時期にお話をお伺いしたかったんです(ありがとうございます)。この記事が、夢を諦めたくないあなたへ、届きますように。
専門家として、母として
高校までを秋田の実家で過ごし、大学で初めて県外へ出た戸塚さん。大学は農学部だった。彼女が食肉加工の道と出会うのは、大学での不思議なご縁が始まりとなっている。
「そんなに裕福ではなかったので『くいっぱぐれたくない』という考えから、新潟大学の農学部へ入りました。何かしら食べられるかなと。農家の息子を捕まえようとして……ことごとくダメでしたね。一方で、研究室を決めるときに面白い畜産の先生に出会うことができたんです。」
「畜産製造学の研究室で食肉加工の勉強をして、博士課程をとってから卒業しました。学生時代の文化祭に、自分たちがつくったソーセージを売る企画を私が先に立って始めたことも。すごくやりがいを感じましたね。美味しいものをつくって、売って、喜ばれる……あれも、お肉の加工の道へすすむきっかけだったかな。」
今でも大学で引き継がれているという、ソーセージ販売の伝統。積み重なった思い出が、彼女を大手食品加工メーカーへ入社させた。振り返ってみれば、将来“独り立ち”するための修業期間だったと戸塚さん。かけがえのない貴重な経験が多かった。
「博士をもっていたのもあって、研究所に配属されて加工の技術や添加物研究、減塩についてをやっていました。好きにやらせてもらえたので、変なものをつくったり。楽しかったですね。」
“変なもの”と戸塚さんが称したのは、“カロリーを抑えたハム”や“リン酸塩を使わずにしっとりさせたお肉”など。女性ならではの観点で、美容や健康への意識を感じさせる商品にも取り組んだ。
「新商品がロングセラーになるのは本当に少なくて。1年でやめちゃったり、登場期間は短いですよね。売れるまで我慢して店頭に並べておけばいいんですけど、製造ラインも管理も難しいんですよ。」
大きい会社ならではの難しさ。研究者として、開発者として、この道を極めることも考えたという。それでも、戸塚さんが選んだのは“研究者としての私”ではなく“家族の中にいて働く私”だった。
「大学で食肉加工を学んでもハム屋になる人は少ないです。私は一本貫いている珍しい例かな。最終的に私のしたいことには“家族”がいて、自宅の側で仕事をしたい、子供と近い距離で働いていたいってところなんですよね。」
自身を表す言葉を聞けば「遊び人じゃないかな」と笑う戸塚さん。“研究者”だけでも“お母さん”だけでもない在り方を探している最中。楽しみながら仕事をする家族の一員として、そんな背中を見せていきたいという想いを感じた。
食肉加工の道
『ハムとかをつくる会』
その後、大手食肉加工メーカーを退職し、群馬県へ引っ越すこととなった戸塚さん。地域の『子育て支援センター』を通じて出会ったママ友との交流の中で新たな活動を開始する。
「ママさんたちとのつながりの中で『私、食肉加工ができるんです』っていうと『やってみたい』っていう声が結構返ってきて。ママ友向けにベーコンやハムづくりを教え始めたのが、私の活動の始まりです。」
「皆、子連れで肉を漬けこんだりスモークしたり。最初の年は原料費だけ頂いて、教える練習をさせてもらっていました。肉の加工や子供とできるイベントを楽しいと喜んでもらえたり、美味しいと言ってもらえたり。もっと多くの人に知ってもらおうと、形を変えて始めたのが『ハムとかをつくる会』なんです。」
これが、巷で噂の『ハムとかをつくる会』の誕生ストーリーである。食肉加工の専門家・戸塚さんが『楽しく作って美味しく食べよう!』をモットーに、食肉の良さや添加物の講座を交えて“ハムとか”をつくる――今年の1月から始まったイベントは、開催希望の声が多く、瞬く間に新聞などのメディアにも注目された。月1回の開催とリクエスト開催をこなし、積極的に食肉加工の楽しさと美味しさを広めている。
「『人を集めて場所を用意するから教えてください』という方もいらっしゃいますね。つくるもののリクエストがあったり。『ハムとかをつくる会』では“ティータイム”として添加物のお勉強会も“こってり”やるんですが、ママ友には特に、喜んでもらえています。」
予想以上の反応に驚きを隠せない様子の戸塚さん。過去にはロースハムやウインナー、ミートローフやベーコンなどを教えてきた。中には、段ボールスモークの方法や鹿肉などのジビエを使った“ジビエを愉しむ会”なども。豊かな山々に囲まれた群馬県ならではの講座として人気を集めているという。
「鹿肉のハムをつくったこともあります、肉は濃い赤で鉄分が多いですね。その日は、さいたまの猟師さんが鹿の肉と皮を持ってきてくれて、私はアフリカ研修の狩猟写真をみせて。――参加した人がそれぞれ、自分なりに何かを考えてくれたら嬉しいですよね。」
肉、そして命
研究者時代から、アフリカ・ブラジル・インド・ドバイ……様々な国での、様々な食肉への想いや価値観に触れてきた戸塚さん。食肉加工の楽しさや食肉の美味しさを伝えながらも、未だに答えが出ない問いがあると話してくれた。それは、先ほどのジビエで強く意識してしまう、生き物の命をいただく行為としての食肉。畜産、食肉加工の世界を知れば知るほど、日本人の自分が持つ常識は当たり前でないということに気が付いた。
「肉に関する考え方は人や文化、宗教によって大きく違うし、魚はよくて肉はダメとか……悲鳴をあげない動物は食べられるけど、悲鳴をあげる動物は食べられないとか……考え始めると頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。特に狩猟、命を奪う瞬間ってすごくドキドキして、すごくストレスです。」
「だから、大学で畜産に行くのは嫌でした。面倒くさい、もう考えたくない!って言うか。考えざるを得ないですからね。それでも、肉の化学反応は興味深くて、先生も面白かったし、お肉は美味しいし。誰かは、やらないといけないという気持ちもありました。」
生き物の命をいただくこと。人一倍命と向き合ってきた戸塚さんだからこそ、その言葉には胸を打つものがある。食肉加工の研究者であり技術者として、そして母として。伝えたい想いは深い。
いや、戸塚さんだけではない。
大学の恩師は畜産の道へ進むことを両親に猛反対されたと話してくれた。母校には動物虐待のデモが来る。『昔は被差別部落の仕事だったのに、なぜ進んで“そんな仕事”に就くんだ』――そんな言葉で心配された。畜魂の儀式をしながら、一体どんなことを食肉加工に携わる人々は思うのだろうか。戸塚さんのまなざしは、命を大事にする意味を静かに教えてくれる。
「結構動物を扱う仕事って、悪い目で見られますね。肉食べませんっていうベジタリアンの人も多いです。その人の好きだと思いますが、エゴだったらちょっと違うんじゃないか、私はそう思っています。」
「あまり難しい話をするつもりはなくて、今は肉を楽しんでもらえればと思っています。つくって、しって、たべて。その中の会話で、私の命に対する考えを伝えて。特に子供、すごく大事な食料を食べていることをわかってもらえたら、何より嬉しいですよね。」
茶碗についた米粒を残すと目がつぶれる、そんな迷信が日本にはある。どんなに小さな食べ物でも命をいただいていること、そして食物に携わるすべての人に感謝すること。肌で感じることのできる日本の感覚を、戸塚さんなりの言葉で広めようとしている。
「子供は平気で残しますからね。買って食べるだけよりは、良く考えるようになりますよ。」
一人の母として、食肉加工に携わる者としての使命があった。
食べるからこそ、生きていける――当たり前の真実ですが、そこには大切な命をいただくという事実が隠れています。美味しい「ハムとか」をつくるだけではなく、美味しさの裏まで考えて、食べる。今の私たちに、必要なことかもしれませんね。
美味しさと楽しさの中に
未来をつくる肉
上州牛や上州麦豚、赤城鶏など畜産・肉ブランドの盛んな群馬県、そして高崎市。人によってはジビエを“おすそ分け”される機会もあるだろう。戸塚さんは「ジビエの食べ方がわからない」という人に、「肉が食べにくい」という子供やお年寄りに、そして「添加物が不安で」というママに。食肉加工を通じて肉に親しんでもらいたいと思っている。
「畜産が盛んな土地ですから、もっとお肉を食べていいと思います。たとえ、とびぬけて美味しいというわけではないお肉だったとしても、熟成や加工で美味しくできるのが食肉加工品の強み。地域として頑張っている畜産を応援して、地域と繋がりながら、美味しく健康にお肉を利用する世の中を作っていきたいなぁと思っています。」
「まだまだ、『ハムとかをつくる会』は高崎市での開催は少ないです。調理場と外のスペースと、広い場所と美味しいお肉を食べたいという人が居れば。その時、その地域に合わせて開催しますよ。」
「箕郷の古い蔵と桜の木がある土地で、来年にはハムやソーセージの製造と販売のお店を出す予定です。『ハムとかをつくる会』も老若男女様々な方がいらっしゃいますが、小さい工房なので個人に合わせた細かいものをつくれればと思いますね。」
暫定で、と教えてくれた名前は『三匹めのこぶた』。三人姉妹の三女である自分とかけた、“愛する家族を笑顔にしてくれるお肉”に対しての想いを感じる温かなネーミングだ。
「三女の私は、生まれ育った家族の三匹めでした。これからも、いつも。家族の幸せを考えたいなと思っています。食肉加工品は美味しいし、栄養価も高いし、安全で便利。皆が幸せになるように、家族の笑顔を想像しながら手に取れるようにしていきたい。これからですね。」
これからの命に
「ママ、もっと、べいこん!」
元気に響き渡る声は、2歳の息子・そうた君のリクエストだ。取材の最後に、食肉加工品を通じて高崎のママを元気にしたいという戸塚さんの、母親としての話を聞いてみよう。
「今は2歳9か月の息子と、お腹の子と。家族の幸せを一番に考えて、仕事をしていきたいなと思っています。自宅近くの工房で仕事をすることで、子供たちに働くっていうのはどういうことなのか感じてほしいですね。」
「私も夫も、自分の仕事を子供に継いでほしいとかは思っていません。それでも、子供が見習いたいなと思うようなところがあれば嬉しいです。」
戸塚さんのベーコンを食べた彼は「ママのベーコンはおいしくて、ママはかっこいいの」と教えてくれた。親子の絶えない笑顔と、仕事をする親への尊敬。今の時代では貴重な教育の大切さを、そうた君の素直な言葉から感じた。
親子の関わり方、命をいただくということ、今に合わせた働き方……多くの課題はあるかもしれない。それでも、「美味しさ」は人を笑顔に、健康にしてくれる。
37万人が暮らす、高崎市。
この街に暮らす命を、この街を笑顔にする命を愛する戸塚さんの活躍に、期待したい。
『ハムとかをつくる会』
FBページ:https://www.facebook.com/groups/86tokawo/permalink/255656931801604/
※ライン会員、メール会員などもございます。詳しくはFBページをご覧ください。
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西 涼子
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群馬県でフリーのライターをしている西(編集長)です!
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