等身大のパンづくり。その手で育てる“地域”の美味しさ
パン激戦区の高崎市。前橋市と隣接する北原町には一軒のパン屋さんがある。自家培養酵母、高崎市の小麦、榛名山麓の湧水…選び抜かれた食材で目指すパン作りとは?オーガニックやナチュラルといった言葉だけでは語れない、吉澤泰宏(よしざわやすひろ)さんの“等身大”にこだわったパン作りを取材した。
2018.06.15
吉澤さんの手仕事
群馬県のパン事情
群馬県とは、小麦の生産が盛んな土地である。その収穫量は全国4位。関東1位であり本州1位という事実は、県民の中でも知っている人は少ない。四方の山々――特に新潟県との境にある”三国山脈”から吹き下ろされる季節風「からっ風」と、冬の長い日照時間が小麦の栽培に適している。加えて、火山灰を含んだ水はけの良い土壌があり、昔から水田の裏作として小麦が育てられていた。群馬県と縁の深い食べ物、小麦である。
その中でも高崎市は“小麦粉”グルメの盛んな街で、高崎に来たならばパスタやピザを食べずにはいられない。もちろん、小麦を原料とするパンも激戦区。市内には個性豊かなパン屋さんが軒を連ねている。
自家製酵母パン まな
今回取材した「自家製酵母パン まな」さんは、ドライフルーツなどの酵母を使った柔らかな食パンとハード食感の創作パンが人気のパン屋さん。添加物は一切使わず、鮮度の良い食材にこだわったパン作りが特徴だ。ころころと丸いフォルムのパンにはたくさんのナッツやドライフルーツが顔をのぞかせていて、楽しげだ。
大きくひらがなで店名が書かれたタペストリーと対面式の木製ショーケースはレトロな雰囲気。焼き立てパンの香りがする店内からは、すぐ隣の工房を覗くことができる。作りての顔が見られる距離感の、町のパン屋さん。元からこうした店舗・パンづくりを考えていたわけではなかったという吉澤さん。多くのパンに触れる中で、吉澤さんが一つ一つ“選んできた”要素が、たまたま今の「まな」になったという。
パン職人の吉澤さんがこの業界に入ったのは10年ほど前。パン職人としては遅いスタートだった。
扉をあければ焼き立てパンの香り。ころんと可愛いカタチのパンにはたっぷりのナッツ、フルーツ、チョコレート…!この記事、おなかが空いているときにはおススメしません。
地域のおいしさを探して
等身大の自分とパンづくり
実は、日本で暮らしている年数の方が少ないんです…と明かしてくれた吉澤さん。今までは欧米を中心とした海外暮らしだった。帰国し、職探しの中で巡り合ったパン職人の道。決して憧れの職業というわけではなく、生活のため、がむしゃらに飛び込んだ世界だった。
パン職人は先輩職人へ弟子入りし、現場の中で技を身につける。パンづくりのスタートラインに立てたのは、専門学校を卒業した年下の職人たちが独立を考えるころだった。仕事は大変なことばかりだったが予備知識が少ないことが功を奏したのだろう。日に日に面白くなるパンづくりに、没頭していった。
「大変な(仕事という)のは関係ないんですよ、本人が大変だと思うかどうか。」数多くの異なる文化に触れてきた彼は厳しい職人の世界をありのまま受け止め、修行に励み続けた。
開店当時は「最初は海外の材料や日本で手に入らない珍しいものへ目が行きました。」と語る吉澤さん。しかし、どんなにいい材料も輸送のコストやエネルギー、運搬中の劣化は避けられない。振り返ってみれば、人にも環境にも優しくないパンづくりだった。なにより、作り手の顔が見えない商品をどこまで信じられるのか。パンづくりの世界へ進めば進むほど、疑問は膨らんだ。
そして今。材料へのこだわりは「自分で扱える範囲かどうか」だという。自分の目で見て判断できるもの、自分が良さを引き出せるもの。それこそが”等身大”のパンづくりと紹介する所以だ。
「海外にも値段が安くて品質も悪くないという食材はあります。けど、実際に畑が見られる小麦粉に勝るものはありません。国産といっても日本のどこの畑かわからないのでは、本当の意味で安心安全ではないと思いました。それに比べて、地元の小麦粉は生産者の顔も畑も見られて値段も高くない。そして何より、美味しかったんです。」
直接やりとりのある農家さんは、北原町近くの金古町。ローカルなやり取りだからこそ、その日必要な分を石臼で挽いてもらうことができる。採れたて、挽きたての素材が美味しくならないわけがない。パン職人が選んだのは、生産者も加工者も消費者も嬉しい地域のサイクルを生み出すパンづくりだった。
個性的な酵母とパンづくり
そんなパンづくりに欠かせない”酵母”。「まな」のパンには自家培養の酵母が使われているが、そこにも吉澤さんらしい理由がある。
そもそも「自家培養される酵母だから健康的で美味しい」というわけではない。通常使われるイースト菌も工場培養の安全な酵母だ。短時間で生地を発酵させることが可能であり、工場生産のため発酵時間も美味しさもある程度ムラがない。対して吉澤さんが使っている酵母は自然の糖分(はちみつや花・果物など)を養分として育てたもの。生地の発酵はゆるやかで一日がかりとなる。すなわち、大量生産のパンには不向きな酵母たちなのだ。
「イースト菌は優秀ですよ、オリンピック選手みたいな感じです。天然素材で育つ酵母はどこの誰だかわからない個性的な人を使っているようなものですから…ただ、その個性的な香りや味わいを大事に、じっくりと楽しんで作っています。」
酵母一つで味は変わる。それほど、パンづくりにとって酵母は大切な要素だろう。しかし…いや、だからこそ、自家培養の酵母を使う。愛情たっぷりに酵母をみつめる吉澤さんをみて、酵母と共に楽しみながら作ることこそが、美味しさを生み出す秘訣なのかもしれないと感じた。
さらに、自家培養酵母のスピードならではの良さも教えてくれた。イースト菌は発酵後60分をピークに生地が壊れてしまう。自家培養酵母は発酵時間が長いため、一人作業のスピードに合わせてゆっくりと発酵してくれる。吉澤さんのパンづくりは常に酵母との二人三脚なのだ。
「ゆっくりと発酵した生地でつくったパンは長持ちするんですよ。なんでも一緒ですが、短時間でつくるものはダメになるときも早いんです。」
個性的な酵母と向き合い自分のパンを探し求める姿勢は、まさに職人だった。
取材中、吉澤さんにマスカットで育てられている酵母を見せてもらいました。ぷくぷくと泡をだす酵母たち…なんだか可愛くて愛着が湧いちゃうんです。きゅん。
お客さんとのパンづくり
話を変えて、「まな」のパンについて聞いてみた。たっぷりのナッツとフルーツが入った「まなちゃんスペシャル」をはじめ、黒豆、小豆、クルミ、チーズ、ラズベリー…。ショーケースに行儀よく並んだパンたちはケーキのようで、見ているだけでわくわくしてしまう。個性豊かなパンたちが、毎日の食卓をちょっと特別なものへと変えてくれることは間違いない。中には、揚げてない「カレーパン」やヒト型のコッペパン「コッペマン」など、「まな」オリジナルのパンも多い。「まな」のパンレシピは、どうやって生まれているのだろうか。
「自分はまず、赤字から始めるタイプなんですよね。」笑顔でパン生地をこねながら、「まな」流のパンづくりを教えてくれた。
「パン屋さんは自身が経営者の事も多いです。その場合、具材――チョコレートもドライフルーツも比率は数字で決まることが大半なんですよ。でも、自分は入れたいものを好きなだけ混ぜてみる。自分で食べてみて、ほかの人にも聞いてみて。『これはちょっとコテコテだね~』なんて言ってもらう。時には『嫌い!』って言われることもあります。その中で、新しいパンが生まれたり納得のいくレシピを作ったりするんです。」
店に置かれたパンの中には、失敗から生まれたパンもあるという。チョコチップの入った不動の人気を誇るパン――これは吉澤さんがホワイトチョコレートとブラックチョコレートを間違えて混ぜたのが始まりだった。失敗した…そう思いながらも店頭に出すと”普通”に売れている。「ホワイトチョコレートとブラックチョコレートを混ぜてはいけない。」気づかないままに「こうあるべき」という思考の枠を作ってしまう自分がいたことを知った。それ以来、なるべく自由にパンを考えるようになった。ユニークなパンの誕生は、この時から始まっている。
「食パンの生地が終わってしまったとき、固いパンの生地で余ったチーズを巻いてみたことがあるんです。たっぷりのチーズを包んで焼いて。」作った当初は「自宅用に」と考えていたパンだったが、話を聞いたお客さんから「欲しい」という声が上がった。いつもの生地とは大きく違う新作パンは、お客さんに受け入れてもらえるのだろうか…?新作パンへの不安と期待を抱く吉澤さんだったが、お客さんの反応は上々だった。
「いつものチーズ(食パン)も好きだけど、この間の(固い生地の)チーズパンも美味しかった。また作ってよ!」
不思議なことに、狙って作ったパンよりも、偶然生まれたレシピ・お客さんや身近な人の声を頼りに作られたしたパンの方が売れることが多い。これは、吉澤さんが店頭に立って気が付いたパン作りの”秘訣”だ。「だから自分は、他の人からの意見を素直に聞くことにしています。良しあしは売れるかどうかでわかりますから。」慣れた手つきでパンを形作っていく職人の目は、しっかりとお客さんを見つめていた。
その実、パンの”具”の比率に正解はないそうです。何気なく「お客さんとつくる」と答えた吉澤さん…すごいです!
パンづくりを越えて
「まな」のスタイル
そんな職人気質の吉澤さん。パン作りに没頭するだけでなく、気を付けていることがあるという。先ほど紹介した、対面式ショーケースの売り場。衛生的で可愛らしいデザインの什器は、地元の職人に作ってもらったものだという。しかしながら、店内にパンが並んでいるのはその一か所のみ。売り場の半分のスペースはベンチと子供のおもちゃが置いてある。なぜ、このような作りなのだろうか?
「チャンスをね、0から1にしたんですよ。」吉澤さんは対面式ショーケースが一つのコミュニケーションの形を作ってくれるという。
「自分が一人で切り盛りできるスタイルをつくることは大前提でした。トレーとトングで自由に取るスタイルはお店の目が届かないことが多いです。なにより、パンがかわいそうだなと思っちゃって。子供に悪気はないですが触っちゃう子がいたり、一度とったものを戻すお客さんがいたり。その点、ショーケースは衛生的で、注文の際にお客さんとの交流も生まれます。会話はなくても注文の言葉、選んでいるときの表情。お客さんが気を使って話しかけてくれたり、ぜんぜん自分(吉澤さん)が話しかけなかったりすることもありますけど…工房で作業ばっかりじゃなくて、お客さんの意見を聞くチャンス、いろんな人と触れ合うチャンスだと思ったんです。」
たしかに、現代では自分の好きなものを好きなだけ、自分のタイミングで手に入れることができる。接客のいらない時代、時間が早く過ぎ去るこの社会では、「まな」スタイルのコミュニケーションを煩わしいと思う人も多いだろう。それでも、この店はこのやり方がいいと思う。それが、吉澤さんの選択なのだ。
「パンだけ作ってればいいというのは偏っていて。パン屋も人と触れ合ったり、人間的なものの成長ができたりしないとどんなに作ってもダメです。経営面もそう。若い人は『これだけ気合入れてやればいいだろ!』とか『仕事に集中!』って考えますけど、視野を広げていくのも大事ですよね。視野を広げつつ深めつつ…という矛盾したことをやっていく試行錯誤の中で総合力を上げて、戦っていくんです。」
パン職人として、一人の男の人生として。言葉からにじみ出た深い想いを感じた。
高崎という町のパン屋さん
高崎で“ここだけ”の味を追求するパン作り。しきりに自分自身を「道半ば」と表現する吉澤さんに、高崎について聞いてみた。
「高崎って広いですよね。だからこそ、これ!といった魅力が見えない。スカイツリーのようなわかりやすいシンボルがあるわけでもないし、1番のご当地グルメが決まっているわけでもない。住んでいると魅力は見えづらいかもしれませんが、いい意味で出来上がってないことが魅力だと思います。飽和状態じゃない…可能性があるんです。特に、交通が発達していて土地があること――これは何かを始める人に最適ですよ。土地がないと何もできないですから。(地域に)入ってきやすいまち、高崎。これから色んな形になっていくと思います。」
故郷だからこそ、知っていることがある。故郷じゃないからこそ、見えるものがある。自家培養で育てられた酵母のようにじっくりと、パンに、地域に向き合う職人がいるまち。今日も丁寧に焼き上げられたパンが、高崎の笑顔を作っている。
自家製酵母パン まな
住所:群馬県高崎市北原町849-1
電話:027-372-8051
営業時間:10時~18時半
定休日:日曜日、月曜日
この記事に関連するメンバー
西 涼子
どうも、こんにちは!
群馬県でフリーのライターをしている西(編集長)です!
地域を盛り上げる力は市民から!ということで、
イチ高崎市民の目線から、高崎市の魅力を発信しています。
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