ささえる

高崎市石原町 自然豊かな地域で育む、“高崎観音”の見守る暮らし

高崎市石原町のお寺『慈眼院』にて、副住職・橋爪さんへインタビューをさせていただいた。“高崎観音”とも呼ばれる高崎白衣大観音と共に街を見守る寺院の歴史と想いを伺いながら、この街の暮らしについてお話を聞いてみよう。

2021.08.13

高崎市のシンボル

自然豊かな観音山エリア 今回はその中心部である「観音様」にフォーカスを当てて取材していきます!

観音様と高崎市

高崎市のシンボル・高崎白衣大観音。観音山の山頂から市内を慈しみの眼差しで見つめる観音様は、街の暮らしに溶け込む市民の心の拠り所となっている。

観光スポットでありながら、市民の暮らしに欠かせない憩いの場である観音山丘陵。「高崎らしさ」を育んできた地域から見る街の風景は、どんな「高崎の暮らし」を教えてくれるのだろうか。

 

夏らしさある「慈眼院」の風景 8月の風物詩「万灯会」では多くの灯に照らされた幻想的な景色が見られます

『慈眼院(じげんいん)』

高崎市石原町。観音山丘陵の寺院『慈眼院(じげんいん)』を訪れ、副住職の橋爪榮濟(はしづめえいさい)さんにお話を伺った。“高崎観音”とも呼ばれる観音様と共に街を見守る寺院の歴史と想いを伺いながら、高崎の暮らしについてお話を聞いてみる。街を代表する夏の風物詩『万灯会(まんどうえ)』など、観音山ならではの風景にも注目だ。

自然に囲まれた穏やかな地域に佇む、街のシンボル・高崎白衣大観音。その視線の先に映る街の様子を想像しつつ、未来の暮らしのあり方について考えてみよう。

「高崎」と言えば「観音様」!!

この街ならではの風景を見つめながら、橋爪さんと共に“高崎の暮らし”について考えてみましょう~

街の歴史と観音様

街のシンボル観音様と橋爪さん 仰ぎ見る高さの観音様は、どんな高崎の風景を見ているのでしょうか……

観音山の歴史

まず伺ったのは観音山と『慈眼院』の歴史について。山の由来とお寺の歴史、そして観音像の成り立ちには異なる“観音様”の物語があるのをご存じだろうか。橋爪さんに観音山丘陵の歴史を教えていただきながら、お寺についてご紹介いただいた。

「『観音山』と名前が付いたのは平安時代。初代征夷大将軍である坂上田村麻呂が兵士の健勝を祈り、また菩提を弔う場所として『清水寺(せいすいじ)』を建てたことから始まったと聞いています。京都の清水寺から分けられたというお寺で、観音様を祀っていることから、山の名前も『観音山』と呼ばれるようになりました」

「その後、昭和11年に高崎白衣大観音像が建立。観音様を宗教的にお守りするお寺が必要だということで、昭和16年に高野山から『慈眼院』がやってきます。『慈眼院』も観音様(聖観世音菩薩)を本尊としておりまして、名前や銘のない仏像ですが『由比ヶ浜の漁師さんが漁をしているときに網に掛かった仏像だ』という言い伝えが残されています」

山とお寺と観音像、それぞれの“観音様”についてお話をしてくださった橋爪さん。ご自身について尋ねると、県外から高崎へ移住して現在6年目とのこと。高崎の街については「少しずつ慣れてきました」と答えてくれた。

「仏教の道に入り20年。実家・栃木のお寺と高野山で修行を積み、高崎の『慈眼院』へやって来ました。慣れてきたといっても、まだまだ新しい発見も多いです。法事やお葬式・ご祈祷などの仕事をしながら、日々目に付いたことをこなしています」

「(今年は中止ですが)例年は『万灯会』などイベントも開催しています。準備は大変ですが、たくさんの蝋燭が灯された幻想的な景色は市民の方にも好評です。また来年以降、今まで通りにできればいいなと思っています」

 

「高崎の街に来て一番実感していることは、『色んな人が支えてくれる街だ』ということです」と副住職。地域を育ててくれた人々の歴史あってこその今ですね

観音像と井上保三郎像のツーショットは「慈眼院」の境内から見ることができます

高崎白衣大観音

続いてお話を聞いたのは“高崎観音”と親しまれている高崎白衣大観音について。高崎市の実業家・井上保三郎(いのうえやすさぶろう)によって建立された観音像は今年で85年目を迎えた。井上氏が観音像に込めた願いと橋爪さんら守り手の想いとは。わが街のシンボルについて考えてみよう。

「高崎白衣大観音は群馬県を代表する実業家・井上保三郎さんが私財を投じて建立した観音像です。建立のきっかけとなったのは昭和9年の陸軍特別大演習--群馬県へ天皇陛下がお越しになった際、井上さんに謁見の機会が与えられたことだったと記録が残っています」

「群馬の人々の様子を陛下がお聞きになる中で、『実業家の井上が頑張っているらしい』と話が上がったそうです」と橋爪さん。単独で謁見の機会を得るという名誉な経験をした井上氏は、その感激を自らの事業を支えてくれた従業員や従業員の家族、街の人々へ伝えたいと観音像の建設を思い至ったという。

「群馬県・高崎市から出兵した方々の冥福を祈り、街の発展を祈る井上さんの願いは観音像の入り口に銅板で刻まれています。昭和11年に完成し、今年で85年目を迎えた観音様。高崎の街の“イメージキャラ”として市民の皆さんに親しまれながら、変わらず街を見守ってくださっています」

高さ41.8メートル・重さ5,985トンの巨大な観音像は「たかさき都市景観賞」や国の「登録有形文化財」にも登録されている。山の緑を背景に佇む白い姿は、市内各所から見られる“高崎らしい”風景だ。

「『小さい頃から観音様を見て育ってきた』という方は多くいらっしゃいますし、観音様を見て『故郷に帰ってきた』と安心感を覚える方もいるのではないでしょうか。とはいえ、観音様も今年で85年、コンクリートの寿命と言われる100年に向けて色々と考えていかなければなりません。広く市民の方に親しんでいただけるよう、精一杯お寺と観音様をお守りしていきたいと思っています」

暮らしの中に、心の中に

新型コロナウイルスの影響で中止となってしまった「万灯会」 次回開催を心待ちにしています……!

差し伸べる手

優しい微笑みで地域の暮らしを見守る観音様--橋爪さんはそこに、地域をより良くする“暮らしのヒント”があると教えてくれた。観音様の由来やご利益のお話と共に聞く“観音様モード”のお話をお伝えしよう。

「観音様が着ている“白衣”は『どんな色にも染まる色』、その人の困りごと・願いごとに合わせて力を発揮してくださる仏様の特徴を表していると言われます。また『白衣=一般の人が着る服』として、身近にいる存在だということも伝えているそうです」

「観音様は良縁を取り持ってくれる“縁結び”の仏様として、またこれまでの良縁をさらに良く続けていけるように願いを叶えてくださいます。『縁結び=恋愛成就』だけではなく、元気な赤ちゃんとの縁結びで『子授け・子育て』であったり、いい勉強道具やいい先生・仲間と出会う縁結びで『学業成就・商売繫盛』など。お寺にお参りの際は、これからの縁とこれまでの縁を大事にする感謝の想いを持って、手を合わせることをお勧めします」

多くの人が“母のような微笑みを浮かべる姿”をイメージする観音様は、実は多くの姿をとる仏様なのだと副住職。人々の願いに合わせて柔軟に姿を変化させながら、救いの手を差し伸べるところに注目してほしいという。

「観音経というお経に『観音様は困った人に、一番合った姿で現れる』と書かれています。男の人や女の人、子供、老人、龍……『地獄に仏』という言葉があるように、本当に困っている時に助けてくれた人は仏様(観音様)の“姿の一つ”なのだと思っています」

「『誰かが困っていたら手を差し伸べる』というのは、思っていても実践するのは大変ですよね。私達は人を助けるための手や口を、時に攻撃するために使ってしまう……そうならないよう、自分が観音様になった気持ちで日々を過ごせるよう意識してみてください」

「心を穏やかに保ち、観音様の化身のように」と“観音様モード”で過ごす提案をしてくれた橋爪さん。昨今、度重なる自粛や忙しい日々のストレスで、思うように自分をコントロールできないと悩みも多く聞く。まずはひと呼吸おいて、いつも見る観音様をお手本に過ごしてみたい。

観音像を上った先の小窓から見た「高崎の街」――登り切った先の景色を、みなさんも体験してみてくださいね

観音様の目線の先に

最後にお伝えしたいのは、高崎白衣大観音の胎内参拝について。像の内部から見られる市街の風景への想いを橋爪さんに語っていただいた。記事内で紹介した観音山の歴史や副住職の教えを思い出しながら、「未来の風景」を想像しつつ聞いてみよう。

「高崎白衣大観音の内部は9階まで続く階段があり、20体の仏像や高僧の像などが収められています。観音様の肩の部分には小さな窓がついており、覗くと街の景色や人々の様子を見ることができます」

「私はこの景色を見ると、仏教の修行の一つ『入我我入(にゅうががにゅう)』を連想します。本尊様が自分に/自分が本尊様に入っていく鍛錬のことですが、『今自分が見ている景色は、観音様の目線なのだ』と思うのです。いつもの自分とは違った目線・違った考え方をする体験は、少し気持ちがほどける様な発見がありますよ。夏は暑くて階段も大変ですが、展望台とは違った風景の楽しみ方をしてみるといいのかなと思います」

観音像の管理をしながら、時折窓の外を見るという橋爪さん。観音様が街を見ていることを実感するとともに、街から観音像を見ている人がいることを想い浮かべるという。

「街を見ていると、様々な暮らしがあることに気が付きます。まずは自分自身ができることを一生懸命やって、お寺や観音様を守ることが街を元気にすることへ繋がるように努めたいと思います。皆が観音様のような気持ちで過ごせる街を、目指したいと思っています」

観音様の目線の先には、どんな高崎の暮らしが映っているのだろうか。変わりゆく時代と、変わらない願いと想い。それぞれが心に観音様の慈しみを持ちながら、街のシンボルと共にこれからの暮らしをつくっていこう。

 

『慈眼院』

住所:〒370-0864  群馬県高崎市石原町2710-1
電話:027-322-2269
FAX:027-326-6131

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この記事に関連するメンバー

西 涼子

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